村松山大神宮さんぽ③「村松海岸」

2016年2月12日|修業日誌

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大神宮と村松晴嵐の碑を見学し、そろそろ帰ろうかなと思うと境内に「村松海岸砂丘 海まで1km」の看板が。

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「そういえば、中学の時は毎年バスケ部の友達と初詣して、ここから海に行って初日の出見たよなー」

と懐かしい気持ちになり、ふらっと行ってみることに。

 

拝殿の裏に回ると、「村松海岸」の看板と林の中に続く道。
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またしても、誰一人いない林の中を歩いて行くと道の先に白く光り輝くものが!

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「真砂地に雪の波かと見るまでに」と斉昭公が詠った村松海岸の真っ白な砂浜です。

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青い空に太陽の光を浴びて眩しいほど光り輝いています。

奥には「村松海岸砂防林造成の碑」が立てられていました。

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今でこそ東海村の海岸にはたくさんの松林がありますが、かつては天然の黒松がわずかに生えるだけの広大な砂丘でした。

そのため、海からの強風による深刻な飛砂害に住民は長年悩まされ続けてきたのです。

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江戸時代の初期には、あまりの強風に一夜にして集落が砂の中に消えた「千々乱風伝説」が残っています。

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そして、国家プロジェクトとし て大正7年より地元住民延べ23万人を動員し、約220万本の黒松が植林されたのです。

後に中心となった河田杰博士によりその技術が「海岸砂丘防林法」として確立され、東海村での試験的事業はわが国の海岸砂防技術の基礎となりました。

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東海村の松林は古くからあるものだとばかり思っていましたが、その裏にはプロジェクトXばりの先人達の偉業があるとは知りませんでした。

私たちが安心して海の近くに住める事に感謝しないといけませんね。

 

海まで中学生の時はあっという間だったような気がしたのですが、30才になり一人きりでトボトボと砂浜を歩いていると地味に体力を奪われます。

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しかもスリッパ…

「あの坂を越えると確か海!」と張り切って、まだまだずっと砂浜だったりIMG_7019

ちょいちょいフェイントをかけられながらも、ようやく海が見えて、

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ついに村松海岸に到着しました!

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天気が抜群に良いのもあって、めっちゃ綺麗ですねーヾ(*´∀`*)ノ

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快晴の中で雄大に広がる海をずっと見ていると、「やっぱり海のある村に生まれて良かったなー!」と爽快な気持ちになりました。

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砂浜に大きな砂の崖があり、周囲を見回してみると誰もおらずウズウズしてきて・・・

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「男としては登らずにはいられない!」と全力ダッシュで駆け上がろうとしたのですが、見事に砂にはまってスリッパの中まで砂まみれになりました(;´Д`)

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砂に足を取られず渡れるように、どなたかが木の橋を作ってくれているんですね。

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村松海岸にお越しの際は、危険ですので崖を全力ダッシュせずにこちらの橋をぜひご利用ください。

 

平日でしたが、帰り道には大きなカメラを持った年配の方や、1人で海に向かう若い女性など何人かとすれ違い、大神宮からの村松海岸は結構人気のあるコースのようでした。

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拝殿に戻り、村松山大神宮さんぽもこれにて終了。

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ちょっとの休憩のつもりが、2時間くらいのガッツリさんぽになってしまいましたが、大神宮と村松海岸の魅力を堪能できた楽しい時間になりました。

ぜひみなさんも村松山大神宮にお立ちよりになってはいかがでしょうか。

新たな発見があるかもしれませんよ(^O^)

 

茨城のお伊勢さん 一宮 大神宮

茨城県那珂郡東海村村松3

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2016年2月12日|修業日誌